「原発ゼロ」オレゴン州ポートランドより/省エネは脱ダムから/グリーン&クリエイティブ・シティ(1)
オレゴン州ポートランドといえば、いまや、ナイキの本社をはじめ世界的なプロダクトデザインの会社ズィバ(Ziba)、世界一大きなアウトドアウェア会社のコロンビアなど著名企業が集まっていることでも有名なクリエイティブ・シティのひとつ。倉庫街のリノベーションから始まったパール・ディストリクトにはおしゃれなレストランやギャラリーが集約していることでも知られています。全米でも暮らしやすい都市ということで人気のポートランドには、今もクリエイティブな人たちが移住しているとのこと。さて、そんな都市の人気を考えるときに欠かせない背景が、環境のことを真剣に考えて施策にしてきたオレゴン州とポートランド市の姿勢です。

オレゴン州では、1979年に早くも新たな原発を造ることを禁止する条例が制定され、1993年に一基だけあった原発も停止されました。それ以降、原発に電力を依存していません。(他州から数%購入した時期はあっても)憧れの「原発ゼロ!」はとうの昔に実現させているのですが、エネルギー消費大国のアメリカでも脱原発を成し遂げている地域があることはあまり知られていません。
より快適なライフスタイルを考えることと「原発ゼロ」、そして「クリエイティブ・シティ」は、実は同じ線上にあるのではないでしょうか。そんなポートランドをレポートします。

カリフォルニア州の北、太平洋に面したオレゴン州は、中央には山脈があり豊かな大地に育まれているエリア。その盆地となっているのが最大都市のポートランドですが、雨が多いのも特色で、Raining is shining (雨降りは、太陽の輝き!)とさえいわれるほど。山脈より東部には砂漠も広がっていますが、ワシントン州との州境には「母なる川」と称されているコロンビア川が流れ、支流のスネイク川などと山脈から太平洋まで流域圏を形成しています。

学生時代以来、大変に久しぶりにポートランドを訪れたのが2005年。カリフォルニアでの事例なども含め、「ダム撤去」視察ツアーで、サステイナブルシティとして人気のポートランドにも立ち寄りました。どことなく明るくなったと感じたポートランドでは、自動車依存から脱却したいと市内中央部に無料で乗れるライトレールを張り巡らせていました。環境施策を次々と実現させて活力あふれる街へと大きく変身している姿に、都市政策で都市は変わると目を見張らされました。
2002年にリノベーションを完成させたエコトラストビルディングが、シンボリックにオープン。倉庫街だったパール地区が発展をしていき始めた時期でもありました。(この感動的な建物とパール地区については次回のブログに詳細を)当時、そこにオフィスがあった「The Wild Salmon Center」で、サケとダムの関係についていろいろお話も伺いました。

ポートランド近郊で撤去されるダムは、高さ10mほどの小さなものでした。しかし、ダムを撤去する理由について、「サケがのぼる川を取り戻したい。そのためにできることは何でもすべきで、老朽化したダムは撤去します」とのこと。
もっとも豊かだった時代には1500万匹ものサケが海から川へとのぼっていったといいます。しかし、1920〜30年代の大恐慌の時代に「ニューディール政策」の一環として当時の新技術であった巨大ダムをコロンビア川流域圏に10基も造ることが計画され、1933年にその1基目「ボナヴィルダム」(Bonneville Dam」の工事が始まり1936年に完成。大きなダムは、現在でも主な発電源として稼働していますし、ダムはアメリカ人にとっての誇りでもあります。しかしながら、ダムには魚道が設けられたものの、それ以来、サケは川を行き来しにくくなっていき、いくつものダムを超えて川を上り下り行き来できるサケは1万匹にまで減少してしまいました。

1960〜70年代に環境保護運動でダムと河川の環境悪化の関係が理解されるようになり、1976年には「たとえ電力がもっと必要になることがあっても、これ以上ダムを造らない」と、オレゴン州として決議。その後、このままでは天然サケは絶滅すると“Save the Salmon”運動として盛り上がり、オレゴン州をあげて環境保護の象徴的キーワードになりました。1960年代より繰り広げられていた「ダム反対」という言葉より、「絶滅してしまうサケを守ろう」「きれいな水を飲み続けよう」と、ポジティブに流域圏の再生を大きな獲得目標とすることにより市民意識が高まりオレゴン州政府の正式な施策となったとのこと。

「サケを守ることは、人が暮らす環境をよくすること」という認識で、ダム撤去は「流域圏再生」というミッションとして陸軍工兵隊(日本の国交省河川局にあたる)のプロジェクトとなりました。流域圏すなわち、河川だけではなく、海も森も流域すべての再生を考えることが陸軍工兵隊の役割“ミッション“ということの意義は大きく、日本で「治水」を最優先させているのとは違うスタンスです。まず、どうしたら海や河川をこれ以上傷つけずにすむのか、再生させられるか優先課題とされたのです。日本でダム計画がなかなか見直されない背景は、ミッションの優先順位が変更されないことも大きな理由でしょう。

その後、1980年、環境政策にも関心が高かったカーター大統領の時代に、US連邦政府の方針として魚類保護が政策となり、アイダホ州、モンタナ州、ワシントン州、オレゴン州の北西部州全体で、魚類保護のため将来の電力供給にはダムを造らないと定められました。このとき、「電力条例=Power Act」で「ダムはこれ以上造らずに、省エネルギーの推進=No more dam, but save the energy」が政策となって共有されました。
1982年に大統領がレーガンに変わり、全米では環境政策が低下しましたが、オレゴン州では後戻りすることなく引き続き環境政策が展開され、ポートランドは90年代には全米有数のサステイナブルシティ政策へと発展させていったのでした。

こうした歴史的背景をお話して下さったのは、2011年の夏、オレゴン州がすでに脱原発を果たしていることを知って、ぜひ、その経緯を知りたいと取材した折りにお会いした、NGO「エネルギー・トラスト・オレゴン」“Energy Trust Oregon”のマージー・ハリスさんです。
日本ではともかく「省エネルギー」と自然エネルギーへの転換が大きな話題の夏。オレゴン州には、自然再生エネルギーにシフトしていくことを目標に設立され、節電にも専門的に取り組んでいるNGOがあると知り、「エネルギー・トラスト・オレゴン」の事務所を訪れたのです。この団体は、1999年に州の関係者や市民が立ち上げたものですが、1980年代からの蓄積がありますから、オレゴン州で「節電」といえば「No More Dam」のためにということが市民のあいだでも根付いていたとのこと。豊かな自然に恵まれた地域だからこそ育まれた市民の高い環境意識でした。
全市民が払う電気代の0、3%がチャージとして「エネルギー・トラスト・オレゴン」の維持活動費としてあてられており、現在では大きな役割を担う団体に成長しています。
最大の事業で90%以上の予算が使われるのは、節電灯への切り替え工事、ソーラーパネル,及び風力発電ファンの設置工事に対する助成金の配付です。一般企業でも個人でも、一定の条件を満たせば総工事費の3分の1以上が現金で助成金としておりるという制度があるのですが、その利用手続きを手伝ったり、実際の費用の半分以下でエネルギーの消費量を5分の1に抑えられる節電灯への転換を促進したり、市民が自家代替エネルギー発電システムを買えるようと手助けをしてきました。そのために具体的に銀行と特設ローンなど用意もしていますし、あるいは、節電について市民へのきめ細かいアドバイスをするなど幅広い活動をしています。

さて、オレゴン州には1976年に操業を開始した「トロージャン原子力発電所」があったのですが、どのように脱原発へと向かったのでしょうか? 環境保護運動が盛んになった1960〜70年代、欧米各地で反原発運動が活発でしたが、1978年にスリーマイル事故があった翌年、オレゴン州では危険な活断層のうえに原発があることがわかり原発廃止が真剣な課題となりました。1843年以来大きな地震は起こっていませんが、小さな地震は幾たびも起こっています。その当時から問題に取り組んできた、再生エネルギー政策提言をするNGO「北西部再生エネルギー・プロジェクト」のレイチェル・シムシャクさんにお話を伺いました。

「脱原発を決定づけたのは全米を震撼とさせた1978年のスリーマイル発電所での事故でした。早速、同年、原発の危険性および、原発ゴミをどのように処理するのか方法がわからない、捨てる場所も見つからないという、極めてシンプルな理由から原発を造ることが禁止されたのです」
当時は、ほとんど反対意見もなく、原発を造らないということは、すぐさま決まったことだったとか。1980年にはワシントン州で5つの原発計画がたてられましたが、資金調達ができずに挫折。北西部4州、オレゴン、アイダホ、ワシントン、モンタナでは、節電と将来の再生エネルギー化へのロードマップが描かれ、この時代、ダムと原発が同時に「これ以上造らないもの」と位置付けされたのでした。
ポートランドで取材中、どなたに原発をやめた理由をうかがっても、「なぜ、そんな当然のことを聞くの?」といわんばかりの顔をされてしまいました。そして、「Fukushimaのあとで日本はどうすることにしたの?」と聞かれるたびにつらい気持ちに・・・。
とはいえ、オレゴン州でも原発を新たに造らないことについてはスリーマイル原発事故後すぐに決議されたものの「トロージャン原子力発電所」の廃止は、すぐに決定というわけにはいきませんでした。1988年と1992年に2度、住民投票で原発廃止が問われましたが廃止要望側が負けています。その理由としては、原発で働いている労働者が反対したこと、電力会社が500万ドルものお金を使ってキャンペーンを繰り広げたことが大きかったとのこと。アメリカでは住民投票が、さまざまな案件で頻繁に行われていますが、ときに宣伝費を投入できる側が勝つというのもしばしばのことになっているとか。とはいえ、住民に強い反対意思があることは、電力会社の意思決定にも影響を与えていましたし、そのひと月後には、原発でジェネレーターが故障。修理費用より廃止したほうが経済的だと、ポートランド電力会社が停止を決めました。その背景には、保険会社が原発事故は保障できないと宣言したことや他州から電力が買えるようになったこともあり、結局、1993年にトロージャン原子力発電所は停止されました。

現在、市内のほとんどの住民が利用しているポートランド電力会社(PGE)は、80万世帯に電力供給をしていますが、実はその6割から8割しか発電をしておらず、他電力会社(都会から離れた農業地帯にその昔、小さなダムの自家発電所を造るなどをした小さな電力会社も10数はあります)やほかの北西州より購入しています。こうした状況を踏まえても、原発をやめたという判断は正しかったと誰もが思っているので、再び原発を稼働することはありえないとのこと。
供給電力の約6割がボナヴィルダムなどによる従来型の水力発電、約3割が火力、12%が自然再生エネルギーで、その35%は風力発電です。オレゴン東部でカスケード山脈を越えると砂漠地帯となるので、雨も降らずに風もあって風力発電に絶好の立地で、この地帯を中心に2500基が稼働しているとのこと。全米では4位の数ですが一人当たりの発電力でいけば全米1位だろうとのこと。電力分配施設の設営も大きな経済効果を生んでいます。ダムではなく自然へのダメージが少ない水力発電は再生エネルギーに位置付けられ44%と最大の比率を占めています。そのほか、バイオマスが14%です。元来、河川が豊かで多くダムが多く造られた日本でも、小型の水力発電への移行はさらに進展させることが期待されます。(2500基のうち2000基を設置したクリステンソン電機のHP写真より)

こうした動きを背景に、国際的な風力発電機を造る会社の本社が、いまやポートランドに集まり、ポートランドは世界の自然エネルギー首都エコ・キャピタルになりつつあるといわれています。結果的に自然エネルギーへの転換は、経済活性化に役立つことが証明されているとのこと。
ポートランド電力では、ミックス電力が一般的な供給スタイルですが、再生エネルギーだけの電力を使うという選択もできます。その場合は、月額にして、平均世帯でいえば9ドル余分にかかるのですが、その支出をいとわずに自然再生エネルギーを使いたいと登録している世帯は12%もあります。
2025年までに火力の割合を減らして再生エネルギーの割合を25%までに上げることが獲得目標と州政府が定めています。しかしながら、その方策をどのようにしていくのか、実は、PGEでは、頭を抱えているのが現状だそうです。風力発電のタワー設置に向いているエリアは、ほとんど使ってしまっているので、これ以上増やしていくのが難しい状況だとか。

太陽光発電普及も、現状ではコストが見合わないことで今のところ大きな課題。むしろ、アメリカでは太陽光発電の普及は始まったばかりです。NPO「ポートランド太陽電力化」(“Solalize Portland”) では、グループでのセミナーを各地で開催、地域のグループで設置することを進めています。設置が決まれば、「エネルギー・トラスト・オレゴン」から補助金がでるのでかなり割安。そのうえ、オバマ大統領が、2年前に経済刺激策として制定されたいわゆる「グリーン・ニューディール」政策の一環として補助金を出すようになり、さらに安く設置できるようになりました。その設置作業などが「グリーン・ジョブ」と呼ばれました。連邦政府が、$20ミリオン(200億円)の予算を組んだプロジェクトで、以前より「エネルギー・トラスト・オレゴン」が活躍していたことでポートランドが18地域のひとつに選ばれました。まさに、ニューディール政策のダムから、グリーン・ニューディール政策の自然エネルギーの時代へと象徴的な公共事業です。
実は、ポートランドでは太陽光発電は、華々しく宣伝されてはいるものの約2000件しか設置がなく、80万世帯からみればほんのわずかという状況。太陽光発電の普及については、日本のほうがはるかに進んでいます。むしろ、クリステンセン電機会社へインタビューに伺った際には、その話題になりました。オレゴンにはパナソニック(サンヨー)の太陽光発電パネル工場もあります。
ところで気になる電力の値段ですが、日本ではキロワットあたり25円ですが、アメリカでは6円。そして、消費電療量は、アメリカは日本の5倍。やはり、電力消費大国であることは間違いありませんね。

脱原発を果たしている国といえば、北欧やドイツで日本よりシンプルな暮らしをしているからなどと言われ、経済界も反対をしてきた脱原発。どうも、日本では脱原発がオルタナティブなライフスタイルと引き換えるのかどうかと感情的な議論にもなりがちな状況が続いてきたのではないでしょうか。
オレゴン州の事例からわかるのは、すなわち、原発の是非は、ライフスタイルを根本的に変えるとか電力消費の問題ではなく、科学的に考えて「危険性やごみ処分ができない」という現実的でシンプルな理由と問題からの危険回避の選択であるべきでしょう。
2005年のダム撤去視察ツアーで見てきたマーモットダムは、高さ約7mの日本でいえば砂防ダムレベルの小さなものでしたが、お隣りのワシントン州コロンビア川流域圏の高さ33mのエルワーダム(Elwha Dam)は2011年9月から10月にかけて撤去されました。アメリカでは1910年代に造られたダムが続々と寿命を迎えており、続いて高さ38mのコンジットダム(Condid Dam)も撤去されました。
日本では、1955年に造られて鮎の上り下りを妨げていた球磨川にある荒瀬ダムの撤去工事が今年度4月から始まりました。高さ26mですが、この規模のダムでは初の撤去工事です。荒瀬ダム視察にも訪れ、オレゴン州、カリフォルニア州のダム撤去ツアーでご案内してくださったデイヴィッド・ウェグナーさん(「ダム撤去」岩波書店刊の著者)と、ナンシーさんです。(主催はリバーポリシーネットワーク)デイビッドさんはオバマ政権になってワシントンDCで、こうしたダム撤去事例の生態的なアドバイザーとして活躍されています。

*グリーン&クリエイティブ・シティ・ポートランドのご紹介を次回にも続けます。

Thanks to;
*Christenson Electric, Inc.
Dean Skaar (Vice President Business Development)
Alan Hickenbottom(General Manager)
*Renewable Northwest Project
J. Rachel Shimshak (Executive Director)
*Portland General Electric
Charlie Allcock (Director, Economic Development)
*Energy Trust of Oregon
Margie Harris (Executive Director)
*Portland Parks Foundation
Nick Harding(Executive Director)
*Yoshio Kurosaki

オレゴン州では、1979年に早くも新たな原発を造ることを禁止する条例が制定され、1993年に一基だけあった原発も停止されました。それ以降、原発に電力を依存していません。(他州から数%購入した時期はあっても)憧れの「原発ゼロ!」はとうの昔に実現させているのですが、エネルギー消費大国のアメリカでも脱原発を成し遂げている地域があることはあまり知られていません。
より快適なライフスタイルを考えることと「原発ゼロ」、そして「クリエイティブ・シティ」は、実は同じ線上にあるのではないでしょうか。そんなポートランドをレポートします。

カリフォルニア州の北、太平洋に面したオレゴン州は、中央には山脈があり豊かな大地に育まれているエリア。その盆地となっているのが最大都市のポートランドですが、雨が多いのも特色で、Raining is shining (雨降りは、太陽の輝き!)とさえいわれるほど。山脈より東部には砂漠も広がっていますが、ワシントン州との州境には「母なる川」と称されているコロンビア川が流れ、支流のスネイク川などと山脈から太平洋まで流域圏を形成しています。

学生時代以来、大変に久しぶりにポートランドを訪れたのが2005年。カリフォルニアでの事例なども含め、「ダム撤去」視察ツアーで、サステイナブルシティとして人気のポートランドにも立ち寄りました。どことなく明るくなったと感じたポートランドでは、自動車依存から脱却したいと市内中央部に無料で乗れるライトレールを張り巡らせていました。環境施策を次々と実現させて活力あふれる街へと大きく変身している姿に、都市政策で都市は変わると目を見張らされました。
2002年にリノベーションを完成させたエコトラストビルディングが、シンボリックにオープン。倉庫街だったパール地区が発展をしていき始めた時期でもありました。(この感動的な建物とパール地区については次回のブログに詳細を)当時、そこにオフィスがあった「The Wild Salmon Center」で、サケとダムの関係についていろいろお話も伺いました。

ポートランド近郊で撤去されるダムは、高さ10mほどの小さなものでした。しかし、ダムを撤去する理由について、「サケがのぼる川を取り戻したい。そのためにできることは何でもすべきで、老朽化したダムは撤去します」とのこと。
もっとも豊かだった時代には1500万匹ものサケが海から川へとのぼっていったといいます。しかし、1920〜30年代の大恐慌の時代に「ニューディール政策」の一環として当時の新技術であった巨大ダムをコロンビア川流域圏に10基も造ることが計画され、1933年にその1基目「ボナヴィルダム」(Bonneville Dam」の工事が始まり1936年に完成。大きなダムは、現在でも主な発電源として稼働していますし、ダムはアメリカ人にとっての誇りでもあります。しかしながら、ダムには魚道が設けられたものの、それ以来、サケは川を行き来しにくくなっていき、いくつものダムを超えて川を上り下り行き来できるサケは1万匹にまで減少してしまいました。

1960〜70年代に環境保護運動でダムと河川の環境悪化の関係が理解されるようになり、1976年には「たとえ電力がもっと必要になることがあっても、これ以上ダムを造らない」と、オレゴン州として決議。その後、このままでは天然サケは絶滅すると“Save the Salmon”運動として盛り上がり、オレゴン州をあげて環境保護の象徴的キーワードになりました。1960年代より繰り広げられていた「ダム反対」という言葉より、「絶滅してしまうサケを守ろう」「きれいな水を飲み続けよう」と、ポジティブに流域圏の再生を大きな獲得目標とすることにより市民意識が高まりオレゴン州政府の正式な施策となったとのこと。

「サケを守ることは、人が暮らす環境をよくすること」という認識で、ダム撤去は「流域圏再生」というミッションとして陸軍工兵隊(日本の国交省河川局にあたる)のプロジェクトとなりました。流域圏すなわち、河川だけではなく、海も森も流域すべての再生を考えることが陸軍工兵隊の役割“ミッション“ということの意義は大きく、日本で「治水」を最優先させているのとは違うスタンスです。まず、どうしたら海や河川をこれ以上傷つけずにすむのか、再生させられるか優先課題とされたのです。日本でダム計画がなかなか見直されない背景は、ミッションの優先順位が変更されないことも大きな理由でしょう。

その後、1980年、環境政策にも関心が高かったカーター大統領の時代に、US連邦政府の方針として魚類保護が政策となり、アイダホ州、モンタナ州、ワシントン州、オレゴン州の北西部州全体で、魚類保護のため将来の電力供給にはダムを造らないと定められました。このとき、「電力条例=Power Act」で「ダムはこれ以上造らずに、省エネルギーの推進=No more dam, but save the energy」が政策となって共有されました。
1982年に大統領がレーガンに変わり、全米では環境政策が低下しましたが、オレゴン州では後戻りすることなく引き続き環境政策が展開され、ポートランドは90年代には全米有数のサステイナブルシティ政策へと発展させていったのでした。

こうした歴史的背景をお話して下さったのは、2011年の夏、オレゴン州がすでに脱原発を果たしていることを知って、ぜひ、その経緯を知りたいと取材した折りにお会いした、NGO「エネルギー・トラスト・オレゴン」“Energy Trust Oregon”のマージー・ハリスさんです。
日本ではともかく「省エネルギー」と自然エネルギーへの転換が大きな話題の夏。オレゴン州には、自然再生エネルギーにシフトしていくことを目標に設立され、節電にも専門的に取り組んでいるNGOがあると知り、「エネルギー・トラスト・オレゴン」の事務所を訪れたのです。この団体は、1999年に州の関係者や市民が立ち上げたものですが、1980年代からの蓄積がありますから、オレゴン州で「節電」といえば「No More Dam」のためにということが市民のあいだでも根付いていたとのこと。豊かな自然に恵まれた地域だからこそ育まれた市民の高い環境意識でした。
全市民が払う電気代の0、3%がチャージとして「エネルギー・トラスト・オレゴン」の維持活動費としてあてられており、現在では大きな役割を担う団体に成長しています。
最大の事業で90%以上の予算が使われるのは、節電灯への切り替え工事、ソーラーパネル,及び風力発電ファンの設置工事に対する助成金の配付です。一般企業でも個人でも、一定の条件を満たせば総工事費の3分の1以上が現金で助成金としておりるという制度があるのですが、その利用手続きを手伝ったり、実際の費用の半分以下でエネルギーの消費量を5分の1に抑えられる節電灯への転換を促進したり、市民が自家代替エネルギー発電システムを買えるようと手助けをしてきました。そのために具体的に銀行と特設ローンなど用意もしていますし、あるいは、節電について市民へのきめ細かいアドバイスをするなど幅広い活動をしています。

さて、オレゴン州には1976年に操業を開始した「トロージャン原子力発電所」があったのですが、どのように脱原発へと向かったのでしょうか? 環境保護運動が盛んになった1960〜70年代、欧米各地で反原発運動が活発でしたが、1978年にスリーマイル事故があった翌年、オレゴン州では危険な活断層のうえに原発があることがわかり原発廃止が真剣な課題となりました。1843年以来大きな地震は起こっていませんが、小さな地震は幾たびも起こっています。その当時から問題に取り組んできた、再生エネルギー政策提言をするNGO「北西部再生エネルギー・プロジェクト」のレイチェル・シムシャクさんにお話を伺いました。

「脱原発を決定づけたのは全米を震撼とさせた1978年のスリーマイル発電所での事故でした。早速、同年、原発の危険性および、原発ゴミをどのように処理するのか方法がわからない、捨てる場所も見つからないという、極めてシンプルな理由から原発を造ることが禁止されたのです」
当時は、ほとんど反対意見もなく、原発を造らないということは、すぐさま決まったことだったとか。1980年にはワシントン州で5つの原発計画がたてられましたが、資金調達ができずに挫折。北西部4州、オレゴン、アイダホ、ワシントン、モンタナでは、節電と将来の再生エネルギー化へのロードマップが描かれ、この時代、ダムと原発が同時に「これ以上造らないもの」と位置付けされたのでした。
ポートランドで取材中、どなたに原発をやめた理由をうかがっても、「なぜ、そんな当然のことを聞くの?」といわんばかりの顔をされてしまいました。そして、「Fukushimaのあとで日本はどうすることにしたの?」と聞かれるたびにつらい気持ちに・・・。
とはいえ、オレゴン州でも原発を新たに造らないことについてはスリーマイル原発事故後すぐに決議されたものの「トロージャン原子力発電所」の廃止は、すぐに決定というわけにはいきませんでした。1988年と1992年に2度、住民投票で原発廃止が問われましたが廃止要望側が負けています。その理由としては、原発で働いている労働者が反対したこと、電力会社が500万ドルものお金を使ってキャンペーンを繰り広げたことが大きかったとのこと。アメリカでは住民投票が、さまざまな案件で頻繁に行われていますが、ときに宣伝費を投入できる側が勝つというのもしばしばのことになっているとか。とはいえ、住民に強い反対意思があることは、電力会社の意思決定にも影響を与えていましたし、そのひと月後には、原発でジェネレーターが故障。修理費用より廃止したほうが経済的だと、ポートランド電力会社が停止を決めました。その背景には、保険会社が原発事故は保障できないと宣言したことや他州から電力が買えるようになったこともあり、結局、1993年にトロージャン原子力発電所は停止されました。

現在、市内のほとんどの住民が利用しているポートランド電力会社(PGE)は、80万世帯に電力供給をしていますが、実はその6割から8割しか発電をしておらず、他電力会社(都会から離れた農業地帯にその昔、小さなダムの自家発電所を造るなどをした小さな電力会社も10数はあります)やほかの北西州より購入しています。こうした状況を踏まえても、原発をやめたという判断は正しかったと誰もが思っているので、再び原発を稼働することはありえないとのこと。
供給電力の約6割がボナヴィルダムなどによる従来型の水力発電、約3割が火力、12%が自然再生エネルギーで、その35%は風力発電です。オレゴン東部でカスケード山脈を越えると砂漠地帯となるので、雨も降らずに風もあって風力発電に絶好の立地で、この地帯を中心に2500基が稼働しているとのこと。全米では4位の数ですが一人当たりの発電力でいけば全米1位だろうとのこと。電力分配施設の設営も大きな経済効果を生んでいます。ダムではなく自然へのダメージが少ない水力発電は再生エネルギーに位置付けられ44%と最大の比率を占めています。そのほか、バイオマスが14%です。元来、河川が豊かで多くダムが多く造られた日本でも、小型の水力発電への移行はさらに進展させることが期待されます。(2500基のうち2000基を設置したクリステンソン電機のHP写真より)

こうした動きを背景に、国際的な風力発電機を造る会社の本社が、いまやポートランドに集まり、ポートランドは世界の自然エネルギー首都エコ・キャピタルになりつつあるといわれています。結果的に自然エネルギーへの転換は、経済活性化に役立つことが証明されているとのこと。
ポートランド電力では、ミックス電力が一般的な供給スタイルですが、再生エネルギーだけの電力を使うという選択もできます。その場合は、月額にして、平均世帯でいえば9ドル余分にかかるのですが、その支出をいとわずに自然再生エネルギーを使いたいと登録している世帯は12%もあります。
2025年までに火力の割合を減らして再生エネルギーの割合を25%までに上げることが獲得目標と州政府が定めています。しかしながら、その方策をどのようにしていくのか、実は、PGEでは、頭を抱えているのが現状だそうです。風力発電のタワー設置に向いているエリアは、ほとんど使ってしまっているので、これ以上増やしていくのが難しい状況だとか。

太陽光発電普及も、現状ではコストが見合わないことで今のところ大きな課題。むしろ、アメリカでは太陽光発電の普及は始まったばかりです。NPO「ポートランド太陽電力化」(“Solalize Portland”) では、グループでのセミナーを各地で開催、地域のグループで設置することを進めています。設置が決まれば、「エネルギー・トラスト・オレゴン」から補助金がでるのでかなり割安。そのうえ、オバマ大統領が、2年前に経済刺激策として制定されたいわゆる「グリーン・ニューディール」政策の一環として補助金を出すようになり、さらに安く設置できるようになりました。その設置作業などが「グリーン・ジョブ」と呼ばれました。連邦政府が、$20ミリオン(200億円)の予算を組んだプロジェクトで、以前より「エネルギー・トラスト・オレゴン」が活躍していたことでポートランドが18地域のひとつに選ばれました。まさに、ニューディール政策のダムから、グリーン・ニューディール政策の自然エネルギーの時代へと象徴的な公共事業です。
実は、ポートランドでは太陽光発電は、華々しく宣伝されてはいるものの約2000件しか設置がなく、80万世帯からみればほんのわずかという状況。太陽光発電の普及については、日本のほうがはるかに進んでいます。むしろ、クリステンセン電機会社へインタビューに伺った際には、その話題になりました。オレゴンにはパナソニック(サンヨー)の太陽光発電パネル工場もあります。
ところで気になる電力の値段ですが、日本ではキロワットあたり25円ですが、アメリカでは6円。そして、消費電療量は、アメリカは日本の5倍。やはり、電力消費大国であることは間違いありませんね。

脱原発を果たしている国といえば、北欧やドイツで日本よりシンプルな暮らしをしているからなどと言われ、経済界も反対をしてきた脱原発。どうも、日本では脱原発がオルタナティブなライフスタイルと引き換えるのかどうかと感情的な議論にもなりがちな状況が続いてきたのではないでしょうか。
オレゴン州の事例からわかるのは、すなわち、原発の是非は、ライフスタイルを根本的に変えるとか電力消費の問題ではなく、科学的に考えて「危険性やごみ処分ができない」という現実的でシンプルな理由と問題からの危険回避の選択であるべきでしょう。
2005年のダム撤去視察ツアーで見てきたマーモットダムは、高さ約7mの日本でいえば砂防ダムレベルの小さなものでしたが、お隣りのワシントン州コロンビア川流域圏の高さ33mのエルワーダム(Elwha Dam)は2011年9月から10月にかけて撤去されました。アメリカでは1910年代に造られたダムが続々と寿命を迎えており、続いて高さ38mのコンジットダム(Condid Dam)も撤去されました。
日本では、1955年に造られて鮎の上り下りを妨げていた球磨川にある荒瀬ダムの撤去工事が今年度4月から始まりました。高さ26mですが、この規模のダムでは初の撤去工事です。荒瀬ダム視察にも訪れ、オレゴン州、カリフォルニア州のダム撤去ツアーでご案内してくださったデイヴィッド・ウェグナーさん(「ダム撤去」岩波書店刊の著者)と、ナンシーさんです。(主催はリバーポリシーネットワーク)デイビッドさんはオバマ政権になってワシントンDCで、こうしたダム撤去事例の生態的なアドバイザーとして活躍されています。

*グリーン&クリエイティブ・シティ・ポートランドのご紹介を次回にも続けます。

Thanks to;
*Christenson Electric, Inc.
Dean Skaar (Vice President Business Development)
Alan Hickenbottom(General Manager)
*Renewable Northwest Project
J. Rachel Shimshak (Executive Director)
*Portland General Electric
Charlie Allcock (Director, Economic Development)
*Energy Trust of Oregon
Margie Harris (Executive Director)
*Portland Parks Foundation
Nick Harding(Executive Director)
*Yoshio Kurosaki

































































