海と砂浜は、宮崎の宝やっちゃが! (宮崎特集)

6月6日・7日に人吉で開催された不知火海・球磨川流域圏学会に参加してきた。その報告を書こうと思っていた。が、その前に、翌日、人吉から初めて訪れたお隣の宮崎県で、色々とびっくり。自然を考えるうえで基本だろう学びがあったので「宮崎特集」をお送りしたい。その1として、ちょっとショックだった海篇、「海と砂浜は宮崎の宝やっちゃが!」090608sunahama.jpg
海といえば、砂浜。ぺたぺたと足跡をつけて歩く砂浜の気持ちよさ。海は泳ぐのも、見るのも、大好き〜(^。^ この住吉海岸の写真を見て、皆さんは、何を思われるだろうか。あまりに、普通の海の風景かもしれない。宮崎県は、東側はすべて海。こんな風景、珍しくもないのではと・・・

ところが、である。このシンプルな砂浜の景色を見ることができる海岸は、もはや希少な場所になっていた。それを教えてくれたのは、サーフィンを楽しんでいる素敵なサーファーの皆さんだ。 「住吉海岸を守る会」をつくって大事な事実を訴えている、佐藤しのぶさん(左より)、川越康平さん、中村美樹さん、西田岳司さん、そして、写真にはいない代表の泥谷直人さんらである。宮崎がサーフィンのメッカだということは、よく知られている。それなのに、そのサーフィンを楽しむことができる砂浜は、どんどんなくなっているというのだ。
090608surffers.jpgどうして砂がなくなってしまうのだろうか? 海岸浸食には、様々な理由があるという。ひとつには、先のブログにも書いたようにダムが砂を貯めてしまうこと。明らかに海に流れ着く砂は減少する。宮崎での場合は、そのほか、大きな港が出来たこと、空港滑走路が海に延びたこと、松林の手入れがされていないこと、海岸際に道路ができたことなどの理由が考えられるという。 詳しくは、林裕美子さんが代表をする「ひむかの砂浜復元ネットワーク」http://kaigan.cocolog-nifty.com/が2月に開催したシンポジウムでの演者たちのパワポを見ていただきたい。
http://teruhanomori.com/sunahama2009/sinpo2009.index.html
・海岸侵食と宮崎住吉海岸 佐藤 愼司(東京大学) 
・植林と砂浜侵食の関係三浦 知之(宮崎大学)
・一ツ葉海岸のサーフスポットの昔と今 上村 貴志(宮崎県サーフィン連盟 元理事長)
・宮崎海岸の浸食対策の進め方 杉山 光徳(国土交通省宮崎河川国道事務所)
・海岸侵食対策と地域住民の関わり方 清野 聡子(東京大学)

初心者のわたしも、大変にわかりやすいこれらのパワポを眺めて状況を理解した。そのなかで、国交省九州地方整備局、宮崎河川国道事務所でも、なんとか対策を講じたい、市民の意見を聞きたいと話し合いの機会を設け、このシンポにも参加されている。そのパワーポイントをお借りして地図をお見せしたい。
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写真のなかで左に見える大きな建物群が、かの有名な旧「シーガイア」である。そして、お気づきと思うが、宮崎の海岸というのは、幅にして数百メートル、距離にしても、かなり広範囲にわたって背後に松林を擁していた。これは、わたしも行ってみて初めて知ったことだった。さらに、目を凝らしてみると、確かに白く波がたっているところから波打ち際までの幅が狭く、砂浜が広がっているようには見えないだろう。

宮崎河川国道事務所のHPによれば、当初提案していた構築物で必ずしも解決したいということではなく市民の声も聞こうとしている。
http://www.qsr.mlit.go.jp/miyazaki/html/kasen/sskondan/index.html「宮崎海岸」と国交省がいうのは一般名称ではなく、直轄事業として海岸侵食対策を行う予定の宮崎港の北側から一ツ瀬川の間の海岸を指す総称だという。一ツ葉有料道路シーガイアインタチェンジ付近から石崎川河口までの住吉海岸と、石崎川河口から佐土原クリーンパーク付近までの大炊田海岸からなる合計約7 km の区間が、その対象地区である。

090608motokaigan.jpg砂浜ではなくなった場所がどうなっているかというと、たとえば、この写真のようになっている。すなわち、海岸浸食を防ぐために、傾斜護岸とテトラポットが置かれた姿である。4年ほど前には、今回の事業区間の南側の別の砂浜には、下記の写真のように宮崎県の事業として最新型の人工リーフも置かれた。ここは、赤江浜といって、もっともサーファーが集まる場所のひとつ。こうした工事をやめてほしいと県に嘆願したが叶わなかったという。たしかに、サーフィンが出来ないばかりでなく、砂浜の魅力がすっかりなくなってしまった、悲しい姿である。
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サーファーたちは、それでも、この左手、人工リーフが建設されなかった部分でサーフィンを続けてはいるが、あちらこちらにテトラポットを積んだ突堤が構築されていて危ないことこの上ない。住吉海岸の隣の浜で、これらの姿を実際に目にすれば、「住吉の海岸を守る会」を結成して、なんとかしたいと願う若者たちの気持ちも痛切に理解できる。090608surfers2.jpgこうやってテトラポットだらけ、あるいは、護岸がされて砂浜が消失している海は、いまや、もちろん宮崎県だけではない。すでに、全国で、さまざまな工事が行われ、そして、市民が砂浜を楽しめなくなった場所が多くあるのだ。

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この写真は、上記、人工リーフができ、テトラポットが並んでいる赤江浜を写真家の芥川仁さんが1980年ころに撮影したもの。(上下少しトリミングさせていただきました)砂浜は、そこに続く植物群生があり、松林があって守られてきたものだった。宮崎では、海の近くに暮らす人々が、こうした松林や植物群生こそが自然災害から生活を守ってくれると、大事に松林の手入れをし、また、決してこれを失くしてしまおうとは思わずにきた文化があるという。
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この写真は、1955年頃に石井正敏さんが撮影した一ツ葉海岸の松林。(上下少しトリミングさせていただきました)この頃、宮崎の人たちにとっての海辺とは、木登りをしたり、かくれんぼうをしたりと楽しい遠足や運動会の場所だという。まさに、海も砂浜も、松林も、よき思い出の宝庫である。その昔は、松林も、人々が共有財産として当たり前に手入れがされて、地域に密着した場所だったが、生活の変化の中で手入れが不足で荒廃した松林も多い。
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浸食を食い止めようとして砂浜に置かれた構造物は砂に沈み、ご覧のように台風で壊される。自然の力は、大きい。あるいは、昭和40年代から50年代にかけて工事が進み、昭和56(1981)年に完成した海辺の有料道路も、大きく環境を変化させた。当時は、こうした松林や砂浜の貴重さが理解されておらず、あいている場所として道路を造ったことだろう。しかし、町中にも道路が完成している今、写真で見れば、広告にでてきそうはハイウェイだが、すなわち有料道路の利用者はひどく少ない。ちなみに、この道路を走っても松林にさえぎられて海は見えない。予想外なことだが、海を見ながらのドライブにも向かない道路なのだ。
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1987年に制定された総合保養地域整備法適用第一号として整備され、鳴り物入りでオープンした「シーガイア」。さらには、01年に、第3セクターとして最大規模の負債3261億円を抱えての破産と、まさに、バブルな時代を象徴するかのような出来事もあった。現在は、シェラトン・グランデ・オーシャン・リゾートとなったホテル(写真右上の高層ビル)や温泉テーマパークの松泉宮などが営業されているが、海を模した大規模プール「オーシャンドーム」は閉鎖されている。夢を追い、やぶれた話は、なかなかに厳しい。090608aoshima.jpg
宮崎の海と言って、もうひとつ思いうかべるのは、かつての新婚旅行ブーム。1960年代半ば、当時、結婚する人の半分が宮崎を新婚旅行先にしたというほどの大ブームがあった。皇族の島津貴子さんが結婚されたときに、元は一部が薩摩藩でもあった宮崎に島津家の関係で新婚旅行に訪れたことがきっかけになったらしい。写真は、まず、新婚カップルが訪れたという青島の神社。真っ赤な鳥居と参殿に、亜熱帯植物が全然似合わないが、ともかく、ここが宮崎新婚旅行のメッカであったという。

今は人影もまばらでいささかさびしいが、お土産物やのおじさんは、かつて同じ屋台で仕事をしていたお父さんが、この商売で家を2軒建てたと話してくれた。同じ場所から青島の対岸を見ると、手前にはかつての栄華を誇ったホテルがゴーストに。ブームは10数年ほどで去ったという。そんな話を聞きながら、美しい夕暮れの空を眺める風景は、少しものがなしい。結局、ある意味で、観光は期待できても、どこか永続的なものともならない可能性も高い。地域の人たちにとって、心の故郷そのものの海や砂浜こそが、「宝」であり、どのように守っていくのか、これから未来への大きな課題ということになる。
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ほんとのことを言うと、ビールを飲みながら海を眺めたかったのだけれど、そうしたカフェは海辺にはひとつもなかった。また、実際、宮崎の海は潮の流れがつよく泳ぐのは危険だと海水浴の文化は存在しなかった。*(すみません。しかし、青島や白浜では泳いでいましたよ〜と宮崎の方からご連絡いただきました。6月25日に追記です。)湘南海岸や福岡の海で出来ることを期待するのは違うのかもしれない。まずは、地元の人たちが、「海と砂浜は宮崎の宝やっちゃが!」と気が付き、「どげんかせんといかん!」と思うところから、なにかが始まってゆくのだろう。清野さんのパワポでは、そうやって住民が立ち上がった事例を紹介している。

海で囲まれた島国の日本である。どうしたら美しい浜辺をなくさずにすむのか。構築物で、がちがちに固める海辺にしないで、すむのだろうか・・・まずもって、これからダムを造ることは考えるべきではないだろうし、いつかは、ほとんど使われない有料道路の撤去の可能性もあるのかもしれない。ボストンでも、海沿いの高速道路が撤去され、市民がずっと海を楽しむようになったという。ほんとうに、未来に手渡す自然の姿を真剣に考える時代にあるとしみじみと思う。

この有意義な旅先案内をしてくださったのは、林裕美子さん。照葉樹林を守ったことで有名な綾町も案内してくださった。もうひとつ、そちらで進行中の「照葉樹林は宮崎の宝やっちゃが!」篇を次回には、続けてお届けしたい。写真は、綾町の照葉樹林のなかにかかる吊り橋と林さん。
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ところで、熊本では、蒲島知事が提案した「ダムによらない治水を検討する場」が第3回まで着々と開かれ、一方、蒲島知事は、その意義が疑われている県営路木ダムの推進を容認した。せっかくダムについての問題点を「有識者会議」が指摘したことも受けて、「球磨川こそが宝」だと、大きな発信をした知事の言動が、一貫していないのは残念である。

*わたし自身の地元、世田谷区の課題として浮上している、ひとつ前のブログに書いた区庁舎建て替え問題。署名活動が始まっています。詳しくは、こちらへ
http://www.jia-setagaya.com/
2009/06/12(Fri) 14:29:12 | 地域の宝
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