ニューヨークから電車で1時間半ほどのニュー・ヘブン。小さな大学町にあるエール大学は、アメリカで、ハーバード大学に対抗する名門大学。社会に出てから入学する人も多い大学院は、すでにプロフェッショナルに仕事ができる学生たちも多く、レベルが高い。建築学部では有名建築家も教鞭をとる、本格的な設計演習で定評だ。
たとえば、ロサンジェルスのゲティ美術館、バルセロナの現代美術館などを手掛けた、リチャード・マイヤーは、ドイツ・フランクフルトに美術館を建てるという設定。ロスのウォルト・ディズニー・ホールやビルバオのグゲンハイム美術館を手掛けたフランク・ゲーリーは、ニューヨークのリンカーンセンター・シンフォニーホールを建て替えるという設定など、11人の教授たちの演習クラスがあった。

その中で、もっとも人気があったのが、「東京・下北沢駅」だったという。シモキタを選んだ気鋭の若手建築家、スニル・バルドのセンスが学生たちに人気があったこと。そして、TOKYO人気。

http://www.architecture.yale.edu/drupal/index.php?q=node/89
Sunil Bald
関東の城西大学でも教鞭をとるスニルは、シモキタの面白さを知っていたというわけだ。しかも、奥さんのコロンビア大学準教授のヨランダ・ダニエルと共同経営する設計事務所の名前は、「SUMO」=相撲、で力士の絵がスタジオのトレードマーク。http://studiosumo.com/content.html
今年2月に、10名の学生たちを引率してシモキタにやってきた。建築というと、その建物だけを考えると思ったら大間違い。まちの背景や構造、小田急線の歴史、東京の中での位置づけなど、大変に熱心に「下北沢駅」がおかれている状況を把握しようと彼らは歩き回った。
建築のなかに、公共空間をどのように取り込むかは、今の時代の大きな課題。「下北沢駅」は、その可能性を考えるうえでも、適切なテーマであったようだ。
さて、5月1日の講評会。講評する建築家や学内の教授たち8名を迎えて、学生たちも緊張の面持ち。はじめに、スニルから、講評者たちに、シモキタについての説明があった。
そして、一人ずつ学生からのプレゼンテーション。トップバッターの提案から、驚かされた。

Todd Fenton
わ〜お。青空が見えるガラスの天井。気持ちよさそうな空間。しかも、模様はシモキタらしさが感じられるデザイン。考えたこともなかった青空天井の下北沢駅である。未来への可能性の広がりが感じさせられる。講評者にも好評だったけれど、地下部分のデザインがよくないとの講評。トータルに良いものを考えるのは大変そうである。
前後二つのボードを使って、次の学生が準備。先生たちは前後に椅子を動かし、学生は次々と、発表を続ける。

Sherry Meshkinpour
井の頭線と小田急線がクロスをしていることを、上手に利用してデザインした作品。ところが、試行錯誤を続けているうちに、当初は、機能としてもうまくいっていたはずのぎざぎざ屋根が、飾りだけになってしまった。講評者たちに、建築はデザインだけじゃないと鋭い突っ込みをいれられて、残念そう。準備で徹夜明けの彼女にはこたえた酷評だった。
建築家たちの講評は、持論の展開になったり、建築論になったり議論三昧。とても日本人では、あり得ない展開・・・。講評者たちのなかでも、競争があるかのような雰囲気である。さすが、ニューヨークに拠点がある建築家たちは、なかなかに激しい。

Garret Gantner
駅前市場が下北沢駅の特色だと着目した作品。駅から、そのまま駅前市場へとつながっている。 傾斜を活かして、駅前に仮設舞台ができるような作りも考えた。
「Shimokitazawa-Eki」と、「駅」が日本語でいれられた演習名。stationでは、学生たちのイメージが限られてしまうという配慮からだろう。すなわち、日本では、駅がもつ役割は、さまざまに多機能である。今回の演習では、駅舎設計を中心としながらも、駅前広場の在り方なども視野に入れて広がりある「駅」が、研究対象になった。

Nicholas Mcdermott
大きな駅には、駅ビルがついてショップが入ってという姿を当たり前のように思っていたら、それが、「日本の駅の特色」と説明をしたニック。なるほど。かなり大きい駅ビルを想定して、商業施設とホテル機能を入れ込んだ。ただし、これは、地元では好まれる姿かどうか・・・。

Benjamin Smoot
小田急電鉄という企業について調べた発表もあった。箱根という温泉地が終点であることが大きな特色で、ホテル経営などもしていると。ならば、下北沢駅にも、温泉を設けたらどうかと提案して、湯けむりあがる絵を描いた。彼が造った模型のバリエーションは、ご覧のとおり。試行錯誤のあとも、プレゼンテーションされていた。

まちの面白さにこだわった作品では、カラオケルームまで備わる駅となった。

Christopher Rubino
ともかく、さまざまな下北沢駅が次から次に現れる。思いのほか、難しいことがわかったのは、2階レベルで残る井の頭線と、地下3階までになる小田急線の双方を活かすプランである。地下をどのように扱うか。2階レベルを、どのように有効利用するか。

Thomas Dinatale
地下にどんな光を入れるかにこだわった技術系の学生。確かに地下を気持ちよく過ごす工夫は貴重だ。それぞれに違う着目があり、違う発想での下北沢駅が10人10色で出来てきた。

Mark Vanbrocklin
現在のところ、下北沢駅前広場は、世田谷区による車のロータリー計画があるが、それをよしとした学生は皆無。地元でも、ロータリーを望む人は極めて少ない。

Dylan Sauer
駅前広場の面積をかなり使い、井の頭線を内包させ、2階建てで公共空間やショップなどを入れ込むプラン。現実的には、これほど大きな建物を建てることは、道路を想定した敷地に難しいかもしれない。しかし、講評者の建築家たちには、これが、もっとも「現実的」と思われたようである。
つまり、駅前広場が、実は、ロータリーを想定して法的には道路として扱われているという事情を知らなければ、あれほどの空間が、なぜ、ここにあるのかということなるだろう。広場を想定するよりは、2階建てにしたほうが有効利用できるプランだということになる。この作品は、ほかの演習クラスをあわせた建築の大学院生約80名の中での、ベスト作品に選ばれた。有名教授たち率いる演習のなかでも、優秀な学生が集まる人気クラスだったことを裏付けた。
ディランは、シモキタがかなり老人が多い街であることに気付き、必ずしも「若者のまち」ではないという指摘をしていた。さまざまな要素をきちんと入れ込むことができた作品になっていたようだ。
地元では、駅前広場については、歩行者優先で、駅前市場のDNAを残した再生・駅前市場がある空間を望む声が多い。

Jennifer Dubon
下北沢の特色である路地を駅前広場に創りだした作品も登場した。広場を包み込むように、2階建ての路地をはりめぐらせ、路地の回遊性を演出。
シモキタ人気は、駅前からすぐに始まる商店街が網の目のように広がっていること。個性的なお店を見つけながら、路地を歩きまわる面白さにある。駅を出たところが、大きな何もない空間になってしまうと、それだけで、シモキタは激変するだろう。その空間をどのようにするか。彼女の提案には、ヒントがあるように感じられた。講評者たちの評価も高かった作品である。
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さて、これで10人全員の作品が並んだ。10通りの「下北沢駅」を見せてもらって、これが決定的という作品があるわけではなかったが、さまざま可能性の広がりを学ばせてもらった。
国際コンペが開かれたら、ぜひとも参加したいと学生たち。卒業をして、それぞれの仕事についていることだろうが、そんなことを言ってくれた。講評者の建築家たちからも、国際コンペを期待する声が聞こえている。日本人建築家も、もちろん、大いに関心をもってくれることだろう。こんなにも真剣に下北沢駅のことを考えてくれる人たちがいること、大きな可能性があることを、小田急電鉄、京王電鉄の方たちにも、ぜひ知っていただき、コンペが開催されたらと願う。

彼らの個別作業スペースがある広い部屋。発表は、この隣りの部屋で行われていた。
校内では、本物のフランク・ゲーリーにも、トイレの前でばったり遭遇。「映画を見ました!」と言って、思わず記念撮影を。彼は「シモキタザワに行ってみたい」とのこと。

最後に、彼らがいつも見ている「ニュー・ヘブン駅」をご紹介しておきたい。ニューヨークからは通勤電車の終点。とはいえ、実にローカルな雰囲気になる。東京で小田急線に1時間半乗ったまちを想像しては、まったく違う。世界の大都市でも、過密状態がこれほど続くのは、東京だけかもしれない。

電車を降りて、まず、UFOのような空間に導かれて少々びっくり。地下の光のこだわったデザインの提案もこんなところから生まれただろうか。

そして、エスカレーターを上ると、落ち着いた空間が現れた。大変に立派な年代物の駅である。
天井とライトの美しいデザインが目をひく。まことによく出来た空間である。そして、外に出てみたら、こんなオーソドックスな建物の駅でした。
(2008年5月)
