1)市民アンケート⇒市民代替案作成⇒都市計画専門家も支持

2005〜2006年

 「下北沢フォーラム」が明治大学建築学科小林正美研究室と協働で05年10〜11月に、3000名の住民にアンケートを配布。4割の回収率で、06年1月に結果を発表しました。道路反対者が7割近くあり、世田谷区の説明不足、シモキタらしさを容認する人が多いことなどを裏付けました。(★)
 06年1月〜2月にかけ、過去に提案されていた「しもきた商店振興組合・街づくり委員会案」や「Save the下北沢」の代替案、明治大学、慶応大学、ハーバード大学大学院の学生らの提案(★)を参考に、市民アンケートでの要望を踏まえて、市民代替案のために専門家と希望する市民とでシャレットワークショップを3回開催。市民代替案を作成して発表しました。(★)
 市民代替案では、道路は駅へのアクセス部分のみにするなど、まずは、工区変更を提案。駅前ロータリーを歩行者優先の空間にするなど、多くの市民が望む魅力的な提案をしています。世田谷区が道路を必要とする根拠として主張する防災については、大きな道路がひとつ通ればすむことではないでしょう。むしろ、細路での消火活動などについて消防庁への確認や、地下漕の設置などを提案には入れ込みました。しかしながら、世田谷区は、まったく、その説明さえ聞くことをしなかったのでした。
 下北沢の事例は国際的にも関心をよび、前国際建築家協会会長でサステイナブルシティとして有名なブラジル・クリチバ市の元市長のジャイメ・レルネル氏も訪問して、小田急線跡地利用の提案をしています。(★)
 3月には、“Save the 下北沢”http://www.stsk.net/が『まもれ シモキタ!』パレード開催。「新規道路を前提とした都市計画にNO!」という意思表示の音楽パレードで約400人が参加しました。
 音楽のライブハウスや劇場を礎に「シモキタ」という、独特の文化を醸成してきた街だからこその賑わいと魅力である。街では、「シモキタ」らしい反対運動も繰り広げられたのでした。
 06年4月、「市民代替案」は、都市計画家の蓑原敬さんらの尽力もあり、東京大学の西村幸夫教授ら日本を代表する都市計画専門家ら29名の支持もえて発表されています。(★)
 都市計画審議会の前々日、5月26日に北沢タウンホールで開かれた原案住民説明会では、05年3月に素案として発表したものを原案にして以来、微細な変更をしただけで原案を確定していたものを説明。満席で入場できなかった住民も多く、反対住民の怒声などで説明会は混乱。それでも世田谷区は、都市計画審議会に「住民に説明をした」と報告。
 世田谷区・都市計画審議会では、複数の委員たちから「ラウンドテーブルの設置」が提案されたが、世田谷区はそれすらも無視。ひたすら「法的な手続き」にのみこだわる世田谷区に、東郷尚久会長は、答申がとりいれられていないとの異例の苦言を呈しました。後に、東郷会長は辞任します。
 話し合う場としての「ラウンドテーブル」が繰り返し「下北沢フォーラム」(★05年3月)はじめ市民団体から世田谷区に要望された。専門家も参加したレベルの高い市民代替案も提案されていたにもかかわらず世田谷区は無視をした事実は重いでしょう。