北沢タウンホールで08年11月14日(金)に、日本都市計画学会、日本建築学会、日本都市計画家協会の後援を得て、シンポジウムが開催されました。http://wwwsoc.nii.ac.jp/cpij/com/info/mail-news/2008/no405.html
下北沢では、06年10月に地区計画が、世田谷区で都市計画決定されましたが、その内容にも経緯にも、さまざまな問題がありました。06年4月には、内容的な課題については、代沢小学校で、専門家の先生方が集まってシンポジウムが開催されました。地元の区立小学校の講堂とは思えないほど、全国区で活躍される論客の大集合となりました。(こちらにそのときに発表された文書があり、まとめられています)http://shimokitazawa-forum.com/archive/appeal060409.pdf
http://shimokitazawa-forum.com/archive/index.html このほか様々な意見書も出されました。残念ながら、このときの意見書は、行政には受け入れられず奏功しませんでした。
現況、日本の「都市計画」の在り方には、大きな問題があるというのが、全国でまちづくりに取り組んでおられる学者の方たちの共通認識です。下北沢で起こったことは、それを象徴していると捉えられ、その構造的な共通課題が、まだまだ広く知られていないと、蓑原敬さんから学者の皆さんに呼びかけがあり、学会から外にでて、課題がある地元でシンポの開催ということになりました。
今回の出席は、座席順に右から左へ 中井検裕さん(東工大教授) 蓑原敬さん(都市計画プランナー・司会)西村幸夫さん(東京大教授)加藤仁美さん(東海大教授)二瓶正史さん(地元在住建築家)山本俊哉さん(明治大准教授) 司波寛さん(都市計画コンサルタント)小林博人さん(慶応大学准教授)曽根幸一さん(芝浦工大名誉教授)高見沢邦朗さん(明治大学客員教授)小林正美さん(明治大学教授・地元在勤建築家・総合司会)大方潤一郎さん(東京大教授)
まず、地元の小林正美さんから、「まちづくり」と市民+専門家の関わり 下北沢における都市計画の危機」とのタイトルでの発表がありました。ざっくりと、これまでの経緯など、そして、下北沢の課題と問題提起がされました。(シモキタ問題の詳細については、このHP「サステイナブル☆下北沢」をご覧くださいhttp://yurika-net.sakura.ne.jp/simokita/simokita-00.html)
【下北沢の課題】
1)小田急線の地下化と跡地+駅前広場の問題
>「小田急線跡地を考える会(あとちの会)」から、世田谷区に案を応募した⇒「あとちの会」HP
2)都市計画道路54号線の事業化の問題
3)地区計画による高層化の問題
【シンポのための問題提起】
1)行政のコンプライアンスをどう担保するのか?
審議会のチェック機能の不全。 委員会構成の見直し。
2)地権者の意見=民意でよいのだろうか?
都市計画におきえる意思決定適格者の在り方。パブリックコメントの意味。
3)都市計画制度の断片性と生活の器を計画する論理
連続した計画として俯瞰する視点と、それを実行する計画主体の欠如。
*先生方の発言の要旨を整理して、内容に沿って、わかりやすいように発言順は変え、中見出しをつけました。また、補足説明のための加筆発言もあります。
蓑原さん 都市計画法、建築基準法の抜本的な改正についての議論も始まっている。今日は学会の後援も受けているので、下北沢問題を格好の題材として、日本の都市計画の構造的な問題について、全般的に話し合いたい。
中井さん いろいろな軸、考える視点がありそうだが、専門的にも、民主的な手続きについても、下北沢では、少なくとも議論がたりていなかった。世田谷、東京、どちらの視点もあるはずだが、ある面では広域的に語られ、ある面では地元での話だった。東京都の昔の計画をみていると、もっと、全体と専門性を重視してきた。昔は、官僚がしっかりしていたし、よくも悪くも、官僚主義だった。しかし、当時としての合理的な理屈で決めたものが、今の多様性ある価値判断で決めることが、統合的に仕組みとしてなっていない。
二瓶さん まず世田谷区の案が悪すぎる。よければ、こんなに問題になっていない。いろいろな都市的状況の変化があったのに、アーバンデザインとして何も調整ができていない。また、地区計画が決まったらこうなるというシミュレーションを下北沢フォーラムは2年前に行なっており、そうなるのかなと思っていたものが本当になってしまった。「まち並み誘導型」っていったい何をやりたいのか。それがいい街を造ることになっていない。南口の曲がった細い道路でやったら何がどうなるかわかっていたはずなのに、現在たった一つのビルができただけで、街路空間にひどい閉塞感が生まれている。「まち並み」の環境作りにまったく役に立ってない。みんなでちゃんとまちづくりを考えることができていたら、こんなことにならなかったはず。54号線の問題に関しては、まだ買収が進んでいないので、道路建設にはいたっていないけれど、時間もかかって、得体のしれない空地がたくさんできて、どうしようもなくなることも予想がつくのに、だれもなにもできない。代沢小学校でシンポをやった時も、これだけ専門家が集まれば、少しは計画の見直しが起こるだろうと思ったが、何も変わらなかったという無力感がある。愚痴になってよくないけれど、最近は強くそういうことを感じています。
西村さん 小田急線の地下化事業をやるときに、上部がこのようによくなるから認めるというのが当然であるはずなのにそうなっていない。ボストンの「ビック・ディグ」にしても、都市計画とは、未来像があるべきものだが、そうなっている。それをチェックすることこそがローカルガバメントのはずなのに。「ビフォー>アフター」で、アフターがよくなるということで物事が進められるべきところ、それがない。生活の器のビジョンがあって進めるべきじゃないか。そこにお金をつかう論理があるはずで、それでこそローカルガバメントの論理がある。とくに、ひとつひとつの事業が細切れであることがおかしい。そこだけの論理になっている。(こちらに、「ビック・ディグ」の「ビフォー>アフター」の写真が http://yurika-net.sakura.ne.jp/round_trip/roundtrip_03.html)
誰が、なにが民意なのかは、難しい問題。住民だって両側面がある。資産を持っている人からみたら、大きな建物で儲けたいと思うし、大きいものが建ってほしくないという人もいる。分解してみると、短期的にどのような利益があるのか、長期的にみると、どういうメリットがあるのか。両方ともデメリットもあるわけで、生活者がもっている両側面にうまく、光と影をあててやっていくべき。状況によって、声の大きい人がどのような立場にあるのかということ。マンション業者は、たいてい短期的利益のなかにいて、長期的な生活についての視座がない。短期的、長期的という視座での議論が必要。
山本さん 今回の地区計画の事業認可は、あまりにも拙速。大学にくるまえには、コンサルとして地区計画の手伝いをやってきた。下北沢では、少なくても2年はかけて、アンケートなども実施するという最低やるべき今の日本の常識的なこともまったくなされていなかった。あとちについて、15%が世田谷区のものという取り決めが、今後どうなっていくのか。ばかでかい都市計画道路ができたら、高度利用が部分的にでてくるでしょうし、空間をどうつくっていくのか。これだけはやってはいけないということを、今後も話し合いで合意を重ねていくことは重要。生活の風景として、都市活動に関係することとして、議論できていくものかなと思う。制度面のいろいろな問題があると思うので、まさに、都市計画の専門家が制度についても議論していくべき。
曽根さん わが国は都市計画と建築が乖離しており、都市計画家は建築が解らず、建築家は都市計画が解っていない状況が続いています。その間を取り持つようにして都市デザインがあるのですが、西欧ではこれは常識です。大げさに言えばわが国の行政や建築教育にも問題があると感じますが、「シモキタ」はこうしたことを住民に理解してもらう一つのチャンスだと感じています。
大方さん 1)のお題。行政のコンプライアンスの担保。役所の都市計画の担当者は、公共事業の推進担当者でもあり、単年度主義予算という事情もあって、事業がスムーズに動かないと失点になってしまう。しかし、それは失点ではない、拙速に変なことを進めるより時間をかけて検討する方が良い場合もあるのだよということを行政人、区長、議員に理解してもらう必要がある。文京区都市計画審議会の委員をやっているが、震災公園として小学校とセットとしてできた元町公園での話。公園を移転し、跡地を土地活用して、体育館を移転しようということで都市計画公園の移転の話が進められそうになった。市民がこれは大変と気が付き要望が出されたり、週刊誌で報道されたり、造園学会から反対意見書が出た。そのうち区長が病気で変わりということもあり、都市計画担当の人は、皆さんがそう思われるならと保存に動いた。(こちらのサイトに元町公園問題について、写真などあり http://www.toshima.ne.jp/ ̄tatemono/page042.html)担当の人を動かすような戦略がないといけないわけですが、結局は選挙を意識していただくようなことがないとだめですね。全体的に世田谷区は広すぎて下北沢ということでの争点にはなりにくいのかもしれません。
高見沢さん 中長期をにらんでいかないといけない。建築学会でも様々に提言をしてきたけれど、ほとんど効果がなかった。震災についても提言をしてきたけれど、「提言は何だったんだろう委員会」ができているくらい。行政法の皆さんとか弁護士会とか、外部の同じような関心を持つ皆さんと連携していかないと大きな改革は難しいと思う。
曽根さん 景観審議会は、いろいろと委員をやったが、かなり努力しても成果があがらなかった経験は数多くある。どの課にいって、どのような行動を起こすのかは、かなり別々で、行動原理はばらばらになっている。建築家と違って、都市計画はもっと統括的な性格をもったものだと思うが、そのあたりの歯車がかみ合っている行政体に出会ったことがない。
小林博人さん 銀座の街づくりの手伝いをしている。銀座では、コミュニティがまとまりのある形をもっていることが大きい。民意の話で言うと、地権者のこともあるけれど、銀座は、常にお客様あってのものというプロフェッショナルな意識をもっている。それを背負って街づくり会議をつくっている。だんだん、コミュニティが大きくまとまって「全銀座会」というものもできていき、本気になっていったことで、中央区も本気になって耳を傾けるようになっていった。下北沢の場合は、様々なグループはあるが、一丸となったかたちで区と対峙ができていないのではないか。世田谷区は人口80万人と大きいので、10万人の中央区のように微に入り細に入りというコミュニケーションもできないのではないか。(銀座街づくり会議 銀座ルールを定めている http://www.ginza-machidukuri.jp/ )
蓑原さん 中央区では、良識ある担当副区長がいたことが大きかった。
加藤さん いろいろな自治体でまちづくり条例による「まちづくり協議会」があるが、都市計画を塗り替えるようなプランを出すこともありえると、真剣に考える時期にきている。いろいろな都市計画を改革していくには、やはり行政と組まないとできない。一般市民が都市計画と出会うときは、マンション紛争など不幸なことが多い。代官山でまちづくりのお手伝いをしているが、反対していた高層マンションは抑えることができずに建ってしまった。そこで、なんとかルールを作ろうということになった。法的担保のあるルールをつくるためには、行政に認知されないといけない。当初は反対運動からでてきた団体は認知しないとされていたが、行政も柔軟になり、区長がかわってから、まちづくり条例ができて、まちづくり協議会の第一号になった。区の担当者と意見交換もできるようになったし、独自のルールづくりも可能になった。たとえば、総合設計制度を使うときには、地元のまちづくり協議会の意見を聞くようにという項目をいれることができた。折り合いをつけながら進めるのが、まちづくりではないかと思い始めている。行政と協働してやっていく体制をつくるのが、大事ということもある。市民と専門家と行政が、同じ土俵で考えていく、ということが必要なのではないか。
司波さん 長いこと行政の仕事をしてきた。こういう仕事をしたい、ということが行政からくる。あるコンサルタントが下北沢についても、理論づけをしてきたはず。日本の都市計画はそれで動いている。文京区の事例のように、市民が望むことが叶う事例は極めてまれ。都市計画審議会も御用機関でしかなく、チェック機関がない。稀によい会長もいるが、よい会長が就任する仕組みがない。仕組みの問題に入っていかないとだめだろう。都市計画審議会長も選挙にしたらどうか。首長は都市計画の専門家ではない。首長選挙では、都市計画そのものが、イシューとして投票されるわけではない。専門的な知識が偏ったかたちでしか使われなくなっている。地権者の声というのは強いが、目の前のことになる。松本で都市計画策定プランをやっているが、郊外に新しい市街地がばんばんできているのをなんとか調整しようと議論をしている。ところが、裏から、区画整理をやるなら市街地にいれてやるという条文がでてきたりした。やはり、そのチェックができるとすれば、都計審である。
西村さん 都市計画はもともと、地方分権の優等生といわれてきた。制度だけを見ると、市民も意見書を出せるし、公告縦覧の仕組みもできている。しかし、形式的になっていることが問題。そこをもう一度大きく変えないといけないのではないか。さきほども文京区の審議会の話があったが、3度も審議会を延期して、意見を聞くということをやるなかで、文化財としての意見を聴くなど、工夫をして、結局、保存になった。しかし、学識経験者は首になった。委員長も委員もやめた。行政の失敗をどのようにチェックするかが大きな課題だ。鞆の浦にもかかわっているが、市と県がやるきになったら、国もなかなか関与することができない。たとえば地方行政の失敗については、国も関与できるような仕組みも考えられるだろう。(広島県福山市「鞆の浦・埋め立て架橋問題」についてはこちらに資料が充実しています http://swan.srv7.biz/tomo15.htm)
区のトップから変えることは大きい。行政が、市民からの訴えがいくらあってもやめないとき、一般論として行政訴訟もありえる。原告適格が広がり、提訴しやすくなっている。事業認可が下りてから取り消し訴訟とする前に、差し止め訴訟も行えるようになってきた。景観利益を守るということで、「鞆の浦」では、行政訴訟も起きていている。ある種、裁判は、ラストチョイスだが、どうしてもとまらないときには、市民の権利としてはあり得る。
高見沢さん 都計審は、抜本的改革は必要ですが、今でも、委員長がいい人がなれば、いいことができる。学者が委員長になっているところでは、透明性が高い委員会などもできるのではないか。

中井さん 都市計画を決めるというときに、都市計画図をそれだと思うかもしれないけれど、あれは、権利制限の程度について描いている記録でしかない、今の都市計画の仕組みでは、決めるということは権利制限について決めるということしかないから、地権者の意見を民意のかなりの部分にせざるを得ない。都市や都市デザインのビジョンとしての「街の在り方」を、都市計画として決めるようになっていない。決める仕組みがない。どこにも、都市計画はないというのが僕の見方。権利制限は、権利を持っている人の参加が重要だろうけれど、街の在り方を考えるときには、使っている人たち、テナントかと利用者の参加も重要である。
蓑原さん 誰が、「街の在り方」を都市計画としてつくれるのか。目標図を描ける人っていないわけです。現実の縦割り組織のなかで、制度設計自体に問題があるので、誰が描けるのだろうか?
西村さん 事業決定されるときには、将来、どうなるからということで、考えるべきなのに、それが行われていない。
蓑原さん そうなのです。どこにもないのですよ。「街の未来図」を考えるところが。
西村さん 現実的に考えたら、審議会がチェックする形になっているので、そこを活性化させることが、もっと短期的には重要なことではないだろうか。
蓑原さん そうはいっても、審議会だろうとどこだろうと、「街の在り方」を考えているわけではない。 銀座ではどうやっているかというと、実際に、そこを動かしているのは、区の要綱なのです。要綱行政というのは本来の、都市計画法からは離れている。そのような逆立ちした構造を、どこから直せばいいのか?
大方さん 日本の都市計画は単なる個別の都市計画決定の集合体で、どういう都市を作ろうとするのかについて公式の文書がない。これでは困るということから、1992年の都市計画法改正で市町村マスタープラン(都市計画法18条の2による「市区町村の都市計画の基本方針」)が導入されたわけです。アメリカでも、ゾーニングによる建築規制の体系が先にできたわけですが、ゾーニングを決める際の根拠となる都市計画のマスタープランが無いのは違法だという判例が積み重なり、また市が公共事業を予算化する際には都市計画のマスタープランに記述されていることが前提となる仕組みが一般化し、現在ではマスタープランが相当の重みを持つことになりました。日本では市区町村が都市計画決定の権限をあまり持っていないこともあって(たとえば世田谷区の用途地域や、幹線道路の計画決定権者は東京都知事)、内容も抽象的になりがちですし、個々の都市計画決定の場では都市計画マスタープランが重視されていない実態があります。とはいえ、法律上は、市区町村の都市計画決定は、このマスタープランに「即して行う」ことになっているわけです。「街の未来図」をどこで誰が考えるべきかといえば、やはりマスタープランを策定する過程で広汎な市民参加を踏まえて考えるべき。都市計画審議会では、常にマスタープランを参照して個々の都市計画決定の適否を検討する、ということしかないのでは。
蓑原さん しかし、「マスタープラン」というのは、縦割り組織が各々やりたいことを綴った上でそれを束ねたうえで、適当な修飾語をつけているだけです。各自の都合が悪いことがあるとマスタープランの作成段階で消して行くから、有効じゃないんですよ。
大方さん 現在は、マスタープランに明確に書かれていないことを都市計画決定する場合、マスタープランを逸脱していないという意味合いで何となく「即している」と解釈してしまうわけですが、そこの考え方を転換して、マスタープランに明記されていないことは都市計画決定してはいけない、どうしても都市計画決定が必要な場合は、適正な手続きを経て、マスタープランを部分改定して都市計画審議会に臨む、という慣習を一般化させるべきではないか。
西村さん やはり、それを判定するのは、都市計画審議会ですよ。反対意見書がたくさんきたら、無視してやるのはプレシャーですよね。
蓑原さん とはいえ、反対意見書も運動としてたくさん出すこともできるし、賛成意見書さえねつ造できるのだから。意見書の数でというのも、どうだろうか。都市計画の専門家の意見がどうやったら尊重されていくのか。ジャーナリスティックに動くとか、なにかをやっていかないといけない。
大方さん 委員会を公開したら、やはり、議員にはプレッシャーとなる。しゃんしゃんとはならない。(え?世田谷区では傍聴が認められているの。それであの強行採決! と驚きの声が)
西村さん アメリカだったら納税者の権利として傍聴者も発言できる。(注:それが実現したのが、「淀川水系流域委員会」)
蓑原さん 公開性のなかで、専門家の発言が有効になるかどうか。
西村さん 然るべきNPOが意見書を出しているときには、行政も応答義務を課するとか、ディスカッションの場がきちんと作っていく必要がある。
司波さん 都市計画家協会で、会員が、自分が住んでいる所の都市計画審議会を傍聴に行こうということをしている。聞いてみると、かなりの専門家委員が発言しない。むしろ議員委員がちゃんと発言していることかどうかが大問題。出てきた案件を審議するということでしか動いていない。都計審がしっかりした事務局をもつべきじゃないか。会長が、専門的な職能機関をもつ。都市計画協会は、学者がいかに発言しなかったかということも公表すべきだろう。今は、任命権が首長にあるので行政のお墨付き機関になっている。それが、いけないのではないか。
西村さん 数年前までは、審議会委員の名前さえ公表されないことが多かった。傍聴ができることはかなりの進歩。土木というのは、行政が発注元なので、基本的に御用学者になりがちだ。
高見沢さん 下北のことでも、世田谷区都市計画審議会の専門家委員は全員辞任しましたよね。小さな面をちゃんと育てることが必要。学者が社会に対する倫理感を忘れているのではないか。
蓑原さん 制度設計について影響のある方たちだから、議論をしていただきたい。行政をまきこみ、仲間にする方法はどうしたらいいのか、どうしたら組んで前向きにできるのか。
小林正美さん 中井さんの言われた、都市計画図は最後の記録で、計画のビジョンが先にあるべきだというのは明解だったと思う。大方さんが言われるように、市町村マスタープランが正しく機能するかを個人的には検証してみたい。また、西村さんの言われた、都市計画審議会への意見書について、NPOや学会などの社会的に認められた団体からの意見は公的に回答させるというようなことについては、今後も追及したいところ。
高見沢さん 「もめタネ研究会」が、ありますね。(注:世田谷区で、まちづくりコンサルや建築家ら専門家が中心となり、マンション紛争など、まちの「もめごと」は未来を考える種だと、当事者たちと勉強会などを開催)問題から共通化できるということで、大きな仕事だと思います。それを、もう一歩進めれば、いずれ「もめごと」になることについて、将来こういうことが起こるはずだから、予防的にどうしたらいいのかと。深沢の都立大跡地をどうするのかということで、自分の学校(注:元都立大教授)で、引っ越すのに精いっぱいで、前もってわかっていたことだったが、よい対処ができなかった。もっと事前に、手を打っておけばよかったと悔やんだ。これからは、退職をして地元に帰る専門家も多いでしょう。地元に帰った専門家は、何が問題かをやるべきじゃないかと。
蓑原さん 小林さんは、まさに、そういうことを、忙しい現役のなかで、地元でやり続けてきたのだと思う。その前に、専門家として区の行政官とやれることもあったかと思うのだが。「あとちの会」を市民と立ち上げ、ビジョンを提案するというところまでやっている。区の担当者は常識があるやる気のある人らしいので、なんとか考えていただきたい。選定委員も、常識のある、かなりいい人を選んでくれたので、期待はできます。しかし、まだわからない。
司波さん 世田谷区が跡地を買えばいいんじゃないですか? 小田急も待っているのかもしれない。安く買えるのではないでしょうか。
蓑原さん いや、そうかもしれない。横浜市の専門家からも、そういう提案がありましたよ。
15%の取り分ということは、おかしいのだけれど、そのことの議論もない。
小林さん 断片的に権利調整の図面しかできないのではないか。市民もあきらめてしまっているところがある。いくら提案しても、聞いてもらえないので。
西村さん トップがその気になると動いているところがある。下北沢のことも争点にした選挙もあり得るのではないか。
蓑原さん マスタープランを作りましょうということについて、受け入れるでしょうかね。
西村さん 小田急線跡地については、案を公募しているといことなら、まったくけんかしているわけじゃないですよね。
蓑原さん そうですね。区の現場の担当者はやる気があるようなので、期待はしている。しかし、区民の提案を受けながら、跡地問題全体を区が最終的にどう対処するか見守って行きたい。その1ラウンドが終った段階で、その結果を材料に、また、このような会議を持って議論したい。
注:マスタープラン: 都市、広域など様々なレベルがあるが、地方自治体の「街の在り方=将来像」を住民参加型で決める制度とその記録
[ある市町村における都市マスタープランの例]
・都市全体及び地域の将来像を明らかにして、都市づくりの明確な目標を示します。
・都市づくりの総合的な整備方針を示します。
・市町村決定の都市計画の基本的な方向を示します。
・関連する施策の活用の方針を示し、都市づくりを総合的に展開します。
・町民の皆さんや企業などに都市づくりへの参加を促します。
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